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第10章 ナッジと選択アーキテクチャ ・ レッスン10-5

ナッジの倫理とブースト。良い後押しと悪い後押しの違い

約5分 ・ 公開日 2026-10-06 ・ 更新日 2026-10-07

このレッスンの問い

ネットで1分で申し込めたのに、解約は電話だけで長く待たされる。これは「良い後押し」でしょうか?読む前に予想してみてください。

読む前に、答えを少しだけ予想してみてください。当たっていなくても大丈夫です。

前のレッスンの復習(1問)

本文に入る前に、前のレッスンを思い出してみましょう。

レッスン10-4から

Q1. 近所の平均より電気を使っていない家に「平均より少ない」とだけ伝えると、何が起きることがあったでしょう。

答えを見る

正解: 1. 使用量が平均に近づくように増えてしまう
惜しかった人もここがポイントです。平均より少ない家は増えてしまうことがあり(ブーメラン効果)、笑顔マークで「よくできています」と評価を添えると防げました。

01良いナッジに求められる3つの条件

ナッジには、隠さないこと(透明性)、やめたい人がすぐやめられること、本人のためになることが求められます。

ナッジは選択の自由を残す工夫ですが、使い方しだいで人を操る道具にもなります。そこで、守るべき条件が議論されてきました。

サンスティーンは2015年の論文で、ナッジも選ぶ環境も透明であるべきだと述べました。ナッジは、本人が自分の道を選び直せるものでなければなりません。目標は、本人自身の判断で暮らしがよくなることだとしています。

日本版ナッジ・ユニットBESTも、2020年12月に社会で使うときの倫理チェックリスト(23項目)を出しました。目的が社会に受け入れられるか、対象者に過度な負担を強いないか、事前に説明したかなどを確かめます。

02スラッジ:わざと面倒にする「悪いナッジ」

手続きをわざと面倒にして、本人に不利な選択へ誘う仕組みをスラッジと呼びます。

セイラーは2018年の論説で、賢い選択を難しくする悪いナッジをスラッジと呼びました。英語でヘドロや汚泥という意味です。

サンスティーンは2020年、スラッジを「行き過ぎた、または正当化できない手間」と定義しました。例として、電話でしか解約できず長く待たされるサブスクや、書類を送らないと受け取れない払い戻しを挙げています。

スラッジは個人の損だけでは終わりません。支援制度の申請書類が複雑すぎると、必要な人が支援にたどり着けなくなることがあります。手間を減らすことは、社会の公平さにもつながります。

03ブースト:自分で選ぶ力を育てる

ブーストは、選ぶ環境ではなく、本人の判断する力そのものを育てる方法です。

ヘルトヴィヒとグリューネ=ヤノフは2017年、ナッジとは別の道としてブーストを整理しました。ナッジが行動に働きかけるのに対し、ブーストは知識や技能に働きかけます。

例えば「病気の人は1%、その80%が陽性」を「1000人のうち10人が病気で、うち8人が陽性」と人数に直すと、解きやすくなります。この人数での表し方を自然頻度と呼びます。自分で直す練習をした人は、15週間後も成績が落ちなかったという研究があります。

この論文の整理では、ナッジは仕掛けを外すと行動が元に戻りやすく、ブーストは身についた力が残ると考えます。またブーストは目的を隠せず、本人が乗るかどうかを選べます。

なお、ナッジの効果の大きさをめぐる論争(メタ分析と出版バイアスの指摘)は、第13章で扱います。

何に働きかけるねらい例扱い・その後
ナッジ選ぶ環境本人のためになる方へ後押し企業年金の自動加入外すと行動が元に戻りやすい
スラッジ選ぶ環境(手間を増やす)本人に不利な方へ誘う電話でしか解約できない取り除くことが求められる
ブースト本人の知識や技能自分で選ぶ力を育てる確率を人数に直す練習外しても身についた力が残る
ナッジ・スラッジ・ブーストの比較(Hertwig & Grüne-Yanoff 2017 の表1、Sunstein 2020、日本版ナッジ・ユニットBEST 2020 をもとに作成)

あなたの場合は?

申し込みよりも解約や退会のほうがずっと面倒だったサービスはありますか?それはナッジとスラッジのどちらに近いでしょう。

答えを書く必要はありません。少し思い浮かべるだけで、記憶に残りやすくなります。

覚えるのはこの3つ

  1. 良いナッジの条件は、透明であること・やめやすいこと・本人自身の判断で暮らしがよくなること
  2. 手続きをわざと面倒にして不利な選択へ誘うのがスラッジ。必要な人が支援から遠ざかる社会問題にもなる
  3. ブーストは環境ではなく判断する力を育てる方法。確率を人数に直す練習(自然頻度)などがある

TERMSこのレッスンの用語

スラッジSludge

手続きをわざと面倒にするなど、行き過ぎた手間で本人に不利な選択へ誘う仕組み。セイラーが2018年の論説でこう呼んだ。

ブーストBoost

選ぶ環境を変えるのではなく、知識や技能を育てて、本人が自分で選べるようにする方法。

自然頻度Natural frequencies

確率を「1000人のうち10人が病気で、うち8人が陽性」のように、もとの人数から順に分けた人数で表す方法。確率の問題を解きやすくする。

LESSON 10-5 の確認

確認問題(全3問)

本文を見ずに答えてみましょう。思い出そうとすることが、いちばんの復習になります。

Q1. 次のうち、スラッジの例として最も当てはまるものはどれですか。

答えを見る

正解: 1. 申し込みはネットで1分なのに、解約は電話でしかできず長く待たされる
ここがポイントです。スラッジは、わざと手間を増やして本人に不利な方へ誘う仕組みです。残りの2つは、手間を減らしたり並べ方を工夫したりするナッジの例です。

Q2. ブーストの説明として正しいものはどれですか。

答えを見る

正解: 2. 知識や技能を育てて、本人が自分で選べるようにする
ブーストは本人の判断する力に働きかけます。1つめはナッジの説明に近く、3つめは経済的な手法や規制で、どちらもブーストではありません。

日常の場面で考える

Q3. 市役所が、ごみの分別ルールを守ってもらう工夫を考えています。良いナッジの条件に最も合うのはどれですか。

答えを見る

正解: 1. 分別の仕方を図でわかりやすく示し、取り組みの目的も公表する
透明で、本人や地域のためになる工夫が良いナッジです。2つめは目的を隠し手間を増やすのでスラッジに近く、3つめは罰金でお金の損得を変える方法なので、ナッジではありません。

レッスン10-5はここまでです

迷った問題は、その見出しの本文を読み直してから次に進みましょう。間違えた問題は復習ページに自動で入ります。

第10章 ナッジと選択アーキテクチャ のレッスン一覧
  1. 10-1ナッジとは
  2. 10-2選択アーキテクチャ
  3. 10-3デフォルトの力
  4. 10-4社会規範メッセージ
  5. 10-5ナッジの倫理とブースト

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出典(5件)
  1. Sunstein, C. R. (2015). The Ethics of Nudging. Yale Journal on Regulation, 32, 413-450(イェール大学ロースクールの公開版)
  2. Thaler, R. H. (2018). Nudge, not sludge. Science, 361(6401), 431
  3. Sunstein, C. R. (2020). Sludge Audits. Behavioural Public Policy, 6(4), 654-673
  4. Hertwig, R., & Grüne-Yanoff, T. (2017). Nudging and Boosting: Steering or Empowering Good Decisions. Perspectives on Psychological Science, 12(6), 973-986(著者公開版)
  5. 日本版ナッジ・ユニットBEST「ナッジ等の行動インサイトの活用に関わる倫理チェックリスト ②社会実装編」(令和2年12月、環境省)